4.1 ヒューリスティクス――不確実な世界を生き抜く意思決定の方法
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争点: 誤った意思決定がされてしまう根本的な理由が、認知的な誤りにあるのか、それとも課題の情報と認知メカニズムの不一致にあるのか
ギゲレンツァーは、間違った認知からきたものではなく、研究者の方が意思決定の限定合理性や生態学的妥当性を見落としてしまっているため、認知的メカニズムと整合できない情報を提供したからだと主張した 十進法のコンピュータに二進法の数字を入力してもデタラメな結果しか出ないのと同じ
確率的判断は、人間進化の生体環境においては、ある出来事が発生する頻度(7人中3人が病Aを患った)で計算されるべきで、ひとつの出来事の発生確率(度の人も0.429の確率で病Aを患う)で計算されるべきではない
実験の結果、自然頻度で記述されると、確率判断の誤りが消えた
"Smart Heuristics: the Adaptive Intelligence of the Unconscious"などの著書では、人間はいかにして不確実性に立ち向かうべきかが取り上げられている 長年の試行錯誤を経て、簡潔かつ迅速なヒューリスティクスを用いた意思決定についての研究が、有効なアプローチと考えられるようになった。 人間行動に対する進化学的アプローチは以下の二つの問いを重視するもの
意思決定の基盤となる至近的メカニズムは何か
行動はどのような至近的メカニズムと環境に起因数するのか
自然淘汰の対象は至近的メカニズム
このアルゴリズムはわずかな情報だけを使って残りは無視する「迅速で簡便なヒューリスティクス」である
配偶者選択において、クジャクのメスは、彼女の注意を引こうとアピールするオスのうち3, 4羽のみに目をかけ、羽の目玉模様が一番多い雄1羽を選ぶ 訳注: ただし、この研究結果については、長谷川寿一の研究チームにより疑問が呈されている このヒューリスティクスは、古典的意思決定理論(すべてのオスを探索して、関連するすべての特徴について重み付けをし、期待効用が最も高くなるものを一つ選ぶ)とは極めて大きく異るもの 同じことはヒトの意志決定についても言える
これ以上買い物をする気がない顧客にカタログを送るコストを削減するための予測を考える
経営科学では複雑な統計モデルが推奨されてきた
顧客が最近9ヶ月以内に買い物をしたかどうか
中断ヒューリスティックのの特徴は、他のすべての情報は無視するところにある
これまで検証した結果、中断ヒューリスティックは平均して、パレート/NBDモデルやそれと似た複雑な「合理的」モデルよりも、将来の購買について優れた予測力を持つことが示されている(Gigerenzer et al., 2011) これらの例は、ヒューリスティクスは非合理的ではなく、また必ずしも次善の策でもないこと、ヒトや他の動物が情報の一部を無視するのにはきちんとした理由があることを示している
ヒューリスティクスが科学に投げかける問い
1つ目は「記述的問い」
「個体あるいは種は、自分の意のままに使えるヒューリスティクスとしてどのようなものを持っているのか」
2つ目は「規範的問い」
「ある現実世界の問題に対処する上で、たくさんのヒューリスティクス(あるいは複雑な戦略)のうち最も優れているのはどれか」
この研究分野では、ヒューリスティクスが有効に使われる環境構造を特定することが求められる
一つの手がかりのみに頼る方法は、冗長性が高く予測可能性が低い場合(すなわち、手がかり同士が非常に強く相関しており、基準の推定が困難である場合)においては、すべての手がかりを重みづけして利用する方法よりも優れた成績を挙げる傾向にある
初期の研究では、シンプルなヒューリスティクスの使用こそがヒューマンエラーの原因であるという解釈が主流 しかし、現在では、この解釈は誤りであり、不確実な世界で優れた意思決定を下すにあたっては、関連情報の一部を無視する戦略がうまく働くことがわかっている
これまで行動を説明する上で、内的傾向(特性、態度、選好、さらに近年では神経プロセス)からの説明が一般的に受け入れられてきたが、ヒューリスティクスの科学は、これとは異なる説明を提供する
私は行動を内的要因と外的要因両方の帰結と捉え、これを生態学的合理性の研究として定式化した しかし、その結果として生じる行動は、ヒューリスティクスのみではなく、ヒューリスティクスと環境の両方によって定まる
多数派模倣も、ある行動が道徳的に正しいか悪いかは仲間の行動に依存して決まる
しっぺ返し戦略も、協力・非協力どちらが生じるかは、やり取りする相手の行動に依存する
社会的ヒューリスティクスに基づいて道徳行動が生じる可能性を示しており、同一人物内で道徳性が一貫しない理由の説明にもなる(Gigerenzer, 2010) 生物の適応的道具箱の系統発生についてはまだ十分に研究されていない しかし、ヒト以外の霊長類は、概してヒトほど正確に模倣をしない、さらにしっぺ返し戦略はほとんどの生物種において見られないという事実は、注目に値する 生態学的アプローチは、統計的思考やリスク認識における古典的問題に対して、新たな解決策を提供する
女性の乳がんの有病率1%
乳がん罹患者の検査で陽性の確率90%
乳がんに罹患していない人の偽陽性の確率9%
ある女性が検査で陽性の診断を受けた。実際に乳がんである確率はいくつか
正しく10%だと答えられた意志は、ドイツ人の婦人科医160人のうち21%しかいなかった
19%が答えは1%だと思っており、ほとんどが81%もしくは90%だと思っていた
私が行ったリスク・リテラシー研修に参加した1000人の医師のほとんどは、検査法の感度と条件付き確率に惑わされていた 古生物学者スティーヴン・J・グールドの言葉を借りれば、「我々の心は(どのような理由にせよ)確率の規則に沿って動くようにはできていない」 これに対し、生態学的アプローチはこの失敗を内的要因だけに求めるのではなく、外的要因である情報のフレーミングとの交互作用として捉える
条件付き確率は、ヒトの歴史の中でかなり新しいもの
人々は共起性を一つ一つ理解する場合には、自然頻度の問題として捉える つまり、病気に罹患していて、かつ陽性診断を受けた人の数といった、合計頻度に着目している
確率を頻度に置き換える
1000人の女性のうち、10人が乳がんに罹患している
乳がんに罹患しているこれら10人の女性のうち、9人が検査を受けて陽性と診断される
乳がんではない990人の女性のうち、89人ががんに罹患していないにもかかわらず陽性と診断される
同じ160人の婦人科医に、頻度に置き換えて同じ情報を提示したところ、87%が正しい答えである10人中1人(10%)を選んだ(Gigerenzer et al., 2007)
頻度の概念は、根拠に基づく医療(科学的根拠に基づいた医療: EBM)においてスタンダードになっており、医学部でもこの方法で学生の教育がなされ始めている